小倉の競馬開催
ちなみに、馬名のラグズトゥリッチズは「貧乏から金持ちになる」の意。
名は体を表すということが競馬の世界でも往々にしてある。
金持ちどころか競馬史に名を刻む存在になってしまった。
競馬界を突如襲った馬インフルエンザ禍。
8月‐7日、JRAは感染の拡大防止のため、札幌、新潟、小倉の競馬開催をすべて中止すると発表。
ファンや関係者に衝撃を与えた。
影響は地方競馬にも及び、大丼競馬、金沢競馬、旭川競馬、名古屋競馬などが中止の憂き目に。
馬産地も巻き込み、日本全国に飛び火した。
海外遠征組では、陽性反応を示したメイショウサムソンが凱旋門賞を断念。
昨年に続いてメルボルンCに参戦予定のデルタブルース、ポップロックにも黄色信号が灯った。
馬インフルエンザは、国内では昭和46年の暮れから翌年にかけて大流行し、約2 ヵ月間開催中止になったことがある。
その時は関東圏だけの流行にとどまったが、現在は馬の移動、交流が頻繁に行なわれているため、被害の拡大が心配された。
しかし、JRAが速やかに競馬開催の中止を決定し、厩舎の消毒をはじめ発熱馬や出走予定馬ヘの検査など疫学的な調査に全力をあげて取り組んだ結果、幸いにも馬インフルエンザは沈静化に向かい、翌週から競馬も再開された。
武豊騎手が超大記録を達成。
あ、すみません。
「武豊騎手が大記録」ではインパクトが薄いので超を付けてみました。
H月3日、京都競馬lRをスカイビューティーで勝利してJRA史上初の通算3000勝を達成。
昭和62年3月のデビューから2‐年。
それまで最多記録だった岡部騎手の2943勝は38年をかけてのものだから、更新速度も超ハイペース。
6月9日に東京競馬8Rでボーナスフィーバーに騎乗し、JRA通算1万4000回騎乗も達成していた。
もちろん数多く乗っているからといって勝てるわけではない。
メイショゥサムソンが春秋の天皇賞を連覇。

